第12期マイナビ女子オープン本戦 香川女流三段-伊藤女流二段 感想

12月13日は面白い対局が目白押しでした。 竜王戦第6局が早々と終わってしまったのは非常に残念でしたが,この日はB級1組順位戦やA級順位戦深浦-稲葉など多くの熱戦が繰り広げられていました。 今回それらの熱戦の中から取り上げるのは第12期マイナビ女子オープン本戦 香川女流三段-伊藤女流二段の対局になります。

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図1 香川愛生女流三段 [1]
図2 伊藤沙恵女流二段 [1]

香川女流三段は終盤がとても強く,可愛らしい見た目とは裏腹に相手を力尽くでねじ伏せるのが得意なタイプです。伊藤女流二段は独特の将棋感性が非常に魅力的で,多少の形の悪さもものともせず金銀をもりもり前に出していく見ていて楽しい将棋を指します。
二人とも女流の中でトップクラスの棋力の持ち主で熱戦が期待できそうです。香川女流三段は最近は振り飛車を多用し,伊藤女流二段は居飛車を基本としながらも相手が振り飛車党のときは相振り飛車にすることもあるので,戦型選択も注目ポイントです。

本局は先手の香川女流三段が石田流に構え,お互い穴熊に潜り合う相穴熊になりました。

図3 44手目△3二金右
この戦型ではお互い玉が堅いため,上手く駒組みをしないと戦いが始まる前に悪くなってしまいがちです。 本局は後手が1筋の位を確保しているので,玉の堅さは後手の方が少しだけ高そう。 そのため先手としては上手いこと戦いのキッカケを作っていきたい。
ここで香川女流三段は▲6五銀と出ていきました。放っておけば次に▲7四歩と仕掛けますよという手で相手からの動きを誘っています。実戦は▲7四歩は許せないので△6四歩と突きましたが,▲5六銀と引けば次に▲6五歩と駒をぶつけられるようになります。 こういった軽く動いて争点を作りにいく指し方は見習っていきたいところです。

少し進んで第4図。後手が7筋を交換し1歩手持ちにしたのに対して,先手が▲5六歩と指したところです。

図4 55手目5六歩
現状先手の囲いは十分堅いので仕掛けていきたいのですが,素直に▲6五歩と仕掛けるのは△9五歩▲同歩△同香▲9六歩△同香▲同飛△7七角成で先手が悪くなります。▲5六歩は角が9筋にいると反撃が厳しいので次に▲7九角~▲5七角と角の位置を変えていこうという手でしたが,ここで△8六歩と仕掛けてのが機敏な手でした。
▲同飛は△同飛▲同角△8八飛と先着されて駄目,▲同歩は飛車の横効きがなくなるので△9五歩と角を狙われて駄目。そういうわけで▲同角しかありませんが角が質駒になってしまいました。角を動かすと△8七飛成と龍を作られてしまうため先手は神経を使う展開です。相手が動こうとした瞬間に動くという伊藤女流二段の戦上手なところがでた場面だったと思います。

その後相手の圧力から逃れようと香川女流三段が仕掛けていき,伊藤女流二段が対応する形で局面が進んだのが第5図。

図5 81手目4七銀
受けを得意とする伊藤女流二段ですが,本局は積極的に攻める展開。△5五桂や△3五歩など色々な攻めが見えますが,伊藤さんは△4八角成と更に過激に攻めを続けます。▲同金しかありませんが△5六桂打が俗手ながらなかなかの手。▲3八金に△4八金と穴熊らしく絡みつくことができます。
しかしそれで優勢かというとなかなか難しいところで,▲3七銀打と先手も頑強に抵抗してきます。このあたりの金銀の打ち合いは相穴熊らしい展開で非常に見応えがありました。

その後もごちゃごちゃした戦いが続いて先手が後手の3二の金を剥がしたところ。

図6 108手目3二同金
先手玉もかなり追い詰められているように見えますが,飛車の横効きが強いのでまだ詰みはない形。とはいえ黙っていると△4七角などが詰めろになるためのんびりとはしていられません。
どのように勝負していくかという場面でしたが,▲3三桂と打ったのが素晴らしい手でした。△同桂は▲4一飛が王手成桂取り,△同金は▲4二飛が詰めろ成桂取りになるのでいずれにせよ成桂を除去することができます。実戦は仕方なく△同桂と取りましたが,やはり▲4一飛から成桂を抜いて先手玉がかなり安全になりました。

成桂を取ってから香川女流三段は丁寧に受けに回ります。

図7 122手目△5六同桂
伊藤女流二段も必死に攻めを繋ごうとしますが,図7まで進むと若干攻めが細くなってきたような印象です。 ここで▲3四歩など攻めに転じる手もあったと思いますが,後手からも△3八金など絡みついてくる手があり,先手も間違えると一瞬で逆転されてしまいそうです。
そこで攻めるのを我慢して図7で▲3九歩と打ったのが参考にしたい手。穴熊戦ではしばしば見受けられる筋ですが本局でもやはり有効でした。歩を打っただけなのに先手玉がぐっと堅くなった印象です。こういった手がちゃんと指せるようになると勝率が高くなりそうですね。

以下も難しい戦いが続きましたが,137手目に再び▲3三桂と打った手が決め手になり164手までで香川女流三段の勝ちとなりました。

図8 137手目 ▲3三桂
本局を振り返ってみると,まず伊藤女流二段が機敏な仕掛けでリードを奪いましたが,そこから香川女流三段の離されずについていく辛抱強い指し手が印象的です。その後も相穴熊らしく玉の周りに金銀を打ち合う展開が続き非常に熱がこもっていました。
そして後手の攻めが少し弱まったときに香川女流三段が放った▲3三桂が素晴らしい。その後も的確に攻守を切り替える落ち着いた差し回しをみせ,伊藤女流二段の粘りを振り切り勝利しました。
穴熊の手筋がたくさん詰まった熱戦だと思います。

伊藤女流二段は受けの棋風の印象だったのですが,本局は積極的な攻めをみせてくれました。 残念ながら本局は敗れてしまいましたが,本局のような積極的な姿勢がいずれ実を結ぶよう期待しています。 今後も独創的な将棋で私たちを魅了し続けてほしいです。
そして香川女流三段の力強さは相変わらず見ていて気持ちがいいですね。 こういった力強さを見習えるよう今後も注目していきたいです。

お読み頂きありがとうございました。
ではまた。

参考資料

[1] 日本将棋連盟 棋士データベース 現役女流棋士一覧
www.shogi.or.jp